Page 5 - Weekly Journey 1 APR 1182
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キューバ旅の最後に、同国最大のリゾー もしれない)?
ト「バラデロ」に泊まり、贅沢に過ごそう。 土産物屋を見ても消費意欲をかき
そう思っていたのにその日に限って嵐にな たてるものはなかった。社会主義ら
り、海は荒れに荒れた。こんな日に高額 しい田舎っぽさがにじみ出ている。
なリゾートホテルに泊まるのはさすがに 革製品の店があった。どの品も作
もったいない。しかもバラデロは半島の りが雑だ。ただ、チェ・ゲバラの財
先だ。片道 12 キロ、往復 24 キロの遠回 布にはちょっと引かれた。財布の内
りになる。でもどんなところか見てみた 側はなんと皮をなめしておらず、ざら 泊まる気をなくした嵐のバラデロ
い気もする。行くだけ行って現地を見て ざらしていて、動物のにおいも残って
キューバ 編 考えようか、と思った。 いる。完成品とは思えない。ただ、キュー んだ。もう一度開くとお札が消えている。
第 85 話 キューバでは町の入り口にその町を象 バで購入したゲバラの財布というだけで 手品グッズらしい。何か子供だましのよ
3つの革製品 徴するオブジェが設置されていることが 価値があるような気がしてきた。値段を うな感じがしたが、その手品を少し恥ず
多いのだが、バラデロの半島の手前に 聞いてみると、おばさんは3つで9米ドル かしそうに繰り返すおばさんを見ている
は巨大なカニがあった。そのカニを過ぎ、 だと言う。3つもいらんわ! と関西人の と、「買った!」となった。おばさんは製
半島に入る。道路は海のそばを走ってい 僕は反射的に心の中で突っ込んでしまっ 品作りもしているようで、小さなポシェッ
た。自転車を道路にとめ、海に歩いてい たが、9ドルは安い。そう思った次の瞬間、 トは彼女の作品らしい。そのポシェットと
United States くと、白砂のビーチが延々とのびている おばさんはこっちが何も言っていないのに ゲバラ財布、手品パスケースの3つを購
のが見える。約 20 キロもの砂嘴なのだ。 「7にまけとくよ」と言った。心が洗われ 入した。
やがてバラデロの町に着いた。ラスベ るような気分とかすかに胸が疼くのを覚 それからも僕らはずっとしゃべった。
Brazil ガスのようなド派手さを期待していたが、 えた。観光地なのになんて不器用なんだ そのあいだひとりも客は来なかった。控
ハバナ ずいぶんとのどかだ。こんなもんなの(リ ろう。演技合戦と腹の読み合いが毎回繰 えめなそのおばさんを僕はなんだか好き
サンタクララ
ゾートホテル群はもう少し先だったのか り広げられたアラブ商人たちとの熾烈な になったみたいで、明日も遊びにこよう
値段交渉が思い出され、天地の差だ と思った。おばさんは眉尻を下げ、「明日
サンティアゴ・ なと思った。表情も全然違う。申し は製品を作るので店は休みなんです」と
デ・クーバ
訳なさそうに話すおばさんの顔を見 言った。
●石田ゆうすけ:
旅行作家。7年 ていると、ダメだ、買おう、となった。 外に出ると、風は相変わらず強かった
半かけて自転車
で世界一周を敢 ただ、やはりゲバラ財布以外ほしい が、雨はやんでいた。よし、行こう。僕はすっ
行。9万5千キ
ロ、87 ヵ国を走 と思えるものがない。商品を見なが きりした気分でバラデロをあとにした。
り、2002 年 末
に帰国。現在は ら悩んでいると、おばさんはひとつ 余談だが、帰国後、妻は3つのビミョー
全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねる
か!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。ブログも更 の品を手にとった。パスケースのよ な革製品を見て不思議な顔をした。
新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵」
うな革製品だ。おばさんは二つ折り ……いいんだよ。思い出を買っている
バラデロ半島のオブジェ のそれを開き、お札を1枚置いて畳 んだから。
5 1 APR 2021 / No 1182

