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いかにも高級なレストランの前で車は
停まった。浮かない気分で店内に入って
いく。旅行会社の社長ソナムはすでに来
ていた。お付きをひとり連れ、黒っぽい
フォーマルな民族衣装を着ている。戦闘
態勢で来たな、と思った。
旅の初日に彼らが僕に用意したホテル
は、豪華だったが町から離れていた。これ
では自分の求める旅ができない。そう思っ
ϒʔλϯฤ た僕は、可能であれば今後は町中の大衆 ཱྀߦձࣾͷࣾιφϜͱӡసखͷςΠν ύϩଆͷܠ৭
的な宿にしてもらえないか、とガイドのテ
ୈ
ンジンに頼んだ。彼は戸惑った顔でソナム ソナムと部下、こちら側はテンジンと 紙包みを渡してきた。えっ?
ཱྀͷऴΘΓʹᶅ に電話した。翌日から町中の宿に泊まる テイチ、5人で夕食を囲んだ。店内は伝 「プレゼントだよ。気を付けて日本に
ことになり、夜な夜な出かけては酒場で地 統の様式美にあふれ、民族衣装を着た店 帰ってくれ」
元のおやじたちと飲みかわした。 員たちの接客も恭しく、見た目通りしっ 彼は再び僕と握手を交わし、車に乗っ
China 宿の変更にはお金がかかる、と聞いた かりした店だった。ただ、料理は青唐辛 て去っていった。キャンセル代のことな
のはだいぶあとになってからだった。よ 子をチーズと煮込んだエマダツィなどい どひと言もなかった。テンジンが言った。
India
しんばキャンセル代が発生しても、宿の つもの素朴なものが並んだ。 「ソナムはいつも見送りにきます。彼は
グレードを下げるのだから宿代の差額で 酒を飲み、料理を食べながら、ソナム いい人ですよ。自分は倹約してお寺に寄
賄えるだろう。そう思っていたのだが、ど は旅の感想を聞いてきた。坂はきつかっ 付したり、親戚の子たちの学費を出して
うもそうではないらしい。でもあとから たが素晴らしかった、と僕は答えた。景 あげたりしています」
言われても困る。わざわざ往復 100 キロ 色も人も最高だ、来てよかった、ここは 胸に疼痛を覚え、かきむしりたいような
を車でやってきて、社長じきじきに請求 確かに幸せの国だ、ブータンにはいい印 気分になった。俺はなんという吝嗇家だ。
されたところで、納得できることとでき 象しかない。そう称賛しながら内心、(だ なぜもっとおおらかになれないんだ。これ
ないことがある。何より、最高に楽しかっ から最後に嫌な思いをさせないでくれ) までの道中で巡り合い、「客人だから」と僕
たブータンツーリングの最後にお金でご というメッセージを送っていた。 に酒をふるまってくれたたくさんの人た
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͔͚̓ͯࣗసंͰੈք たごたもめたくなかった。 ソナムはよく飲みよく食べ、屈託なく ちの笑顔が思い出された。また、国民が幸
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ϩɺ ϱࠃΛΓɺ ソナムは僕を見ると笑顔で手を差し出 笑った。僕も一緒に笑い、杯を交わしな せになるよう奔走した前国王の、暖房もな
ʹؼࠃɻݱࡏશࠃ してきた。僕も手を出し、握手する。少 がら、しかし心のどこかで彼の真意を探っ い質素な家を思った。そういう、国なのだ。
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ʰߦ͔ͣʹࢮͶΔ͔ʂʱʰ し意外だったが、強面のソナムの目には ていた。まさかここの支払いまで求めて 僕はうなだれるような気持ちで、渡され
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͔ɻϒϩάߋ৽தˠʮੴ 油断ならない光が浮かんでいた。やはり きたりしないだろうな? た紙包みを見た。丁寧に包装されていた。
ాΏ͏͚͢ͷΤοηΠଂʯ 面倒なことが起こりそうだ。 帰る段になってソナムは夕食代を払い、 すぐに開ける気にはなれなかった。
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